福島県浪江町は、東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響で、しばらくの間町の全域に避難指示が出されていた地域です。
2017年3月に「帰還困難区域」を除く区域で避難指示が解除され、以降町民の帰還に加え、Uターン者や移住者が増えています。
実は、浪江町は世界最大級の水素施設があったり2027年までに駅前の大規模改修が完成したりするなど、”ワクワクした未来”を構築している町なのです。
そこで今回は、浪江町の移住の現状や仕事の見つけ方、コミュニティへの溶け込み方などをUターン者の及川里美さんに詳しくお伺いしました。
浪江町ってどんなところ?
現在1,900人ほどが暮らす浪江町。
浪江町には新しい施設が次々に誕生していて、未来が非常にワクワクするまちなのです!
ここでは、浪江町の名物グルメ・名産品やおすすめスポットを紹介します。
浪江町の名物グルメ・名産品
浪江町のご当地グルメと伝統品を5つ紹介します。
1.なみえ焼そば
もやしと豚肉のみのシンプルな焼そば。
極太の麺なので、腹持ちがとにかくいい!
何度でも食べたくなる味です。
2.しらす
しらすは、浪江の海の特産品。
浪江町に行ったら、ぜひしらす丼を食べてみてくださいね。
3.大堀相馬焼
江戸元禄時代に生まれた「青ひび」と「走り駒」「二重焼き」が特徴的な伝統工芸品です。
4.磐城壽(いわきことぶき)
祝い酒のブランドとして長年親しまれている浪江町の鈴木酒造店の代表銘柄です。
震災前は、「日本一海に近い酒蔵」と言われていましたが津波で被災。避難先で酒造りを続け、2021年3月に浪江町での酒造りを再開しました。
5.トルコギキョウ
トルコギキョウは、震災後に復興を目指して栽培が始まりました。
浪江町ブランドとして、市場で高い評価を受けています。
浪江町のおすすめスポット
浪江町のおすすめスポットを3つ紹介します。
道の駅なみえ
2020年8月に人々のランドマークや町の復興のシンボルとして誕生した施設です。
なみえ焼そばやしらす丼などの浪江町の名物グルメを楽しめますよ。名産品である大堀相馬焼や磐城壽なども購入できます。
震災遺構 浪江町立請戸小学校
東日本大震災の際に校舎の2階まで津波が押し寄せた請戸小学校。現在は震災遺構として、地震と津波の爪痕が保存されています。
ここの学校の生徒たちは、地震発生後に教職員の判断で約1.5km先の大平山に避難したことで全員避難できました。
防災について考えるきっかけとなるスポットです。
請戸川リバーライン
「ふくしまの遊歩道50選」に選ばれているスポットです。
春になると、約120本のソメイヨシノが咲き誇ります。
浪江町の1泊2日観光モデルコースはこちら。
浪江町の現在の姿
先述の通り、浪江町は2017年3月に「帰還困難区域」を除く区域で、避難指示が解除された地域です。
現在、JR浪江駅の駅前はローカル感のある静かな雰囲気となっていますが、徒歩15分ほどの距離には道の駅なみえやソメイヨシノが咲き誇る請戸川リバーラインなどがあります。
浪江町の未来がすごい
浪江町では現在、駅前開発と水素を活用した事業、「福島国際研究教育機構」の設立の3事業が同時に進められています。
大規模な駅前開発
現在、浪江町では「浪江駅周辺整備計画」が進められており、2027年を目処に駅前の様子が大きく変わります。
駅前にはスーパーマーケットや飲食店などが集まった商業施設や、交流スペース(カフェスペース・コワーキングスペースなど)、公営・民間住宅などが建設予定です。
現在の浪江駅を見られるのは今だけですね!
水素を活用した事業
また、浪江町では原発に頼らないエネルギー源として水素を活用した事業も進んでいます。
2020年3月には、世界最大級の水素製造拠点である「FH2R(福島水素エネルギー研究フィールド)」が誕生しました。
FH2Rでは、燃料電池車を動かすために必要な水素を1日で約560台分製造でき、貯蔵・供給もできるとのことです。
「福島国際研究教育機構」の設立
2023年4月にロボット開発や放射線科学など、最先端の研究を行う国の施設「福島国際研究教育機構」がJR浪江町駅の西口に設立予定です。
「福島国際研究教育機構」の設立によって、定住人口の拡大や新産業創出による雇用が期待され、地域の復興の後押しにつながるとされています。
浪江町民に住んでいる約4割が移住者
現在浪江町には約1,900人が暮らしており、そのうちの約4割が移住者ということです。
どのような移住者が多く、また浪江町の方々はどのような雰囲気なのでしょうか。
仕事関係で移住してくる人も多い
現在、浪江町では駅前開発と水素を活用した事業、「福島国際研究教育機構」の設立の3事業が同時に進んでおり、それぞれに関わっている方が多く移住してきているとのことです。
移住セミナーで話を聞いて移住してくる方も多いそうですよ。
誰でもWelcomeな雰囲気
震災が起こる前、浪江町は商業の街で、人口に対する飲食店舗数の割合が全国的に見ても高かったそうです。それゆえ、もともと移住者Welcomeな土地柄だったそう。
震災と原発事故の発生後は全町民が町外へ避難し、町民一人ひとりが他の町での避難生活を送った経験もあり、他の地域から浪江町に来た人の気持ちに共感できる部分が多いのだとか。
移住者の中には、起業したい方やフリーランスの方も多いそうです。
及川さん:
浪江町はまだ足りないものばかりなので、足りないものに関して私はこういう事業やりたいですという人がいれWelcomeです。「移住で来たんです」って言うと、「よく来たね」と迎え入れてくれる人も浪江町には多いですよ。とある町民さんは、「知らない町へ住む不安が分かるから、移住者が困っていたら助けたいと思っている」と話していました。
駅前開発の基本計画中にはコワーキングスペースの設置も組み込まれているので、リモートワークや在宅ワークの方の移住も増えてきそうですね。
浪江町のいいところ・不便なところ
移住する際に気になるのが、利便性ですよね。
及川さんには、浪江町のいいところや不便だと感じるポイントについてもお話を伺いました。
浪江町のいいところ
及川さんが思う浪江町のいいところは、協力的で助け合い精神が強い浪江町の”人“だそう。
自分のやりたいことを相談したり困ったりしていたりすると必ず誰かが助けてくれ、直接的な手助けができない場合でも具体的なアドバイスをしてくれる人が多いのだとか。
浪江町の方々には、仕事だけではなく仕事以外の面でも助けられていることが多いそうです。
及川さん:
「助けてもらったから私もどっかで恩を返したい」と思える環境です。若い人たちも年配の方々も、すごく優しいんですよ。
浪江町の不便なところ
及川さん自身が浪江町に住んでいて不便だと感じる瞬間はほとんどないらしいのですが、なかには買い物環境が不便だと感じる方もいらっしゃるようです。
現在、浪江町で買い物をできる場所が限られてしまっているため、少し大きめの買い物がしにくいのだとか。
特にペット用品や電化製品、家具などを購入したい場合は、隣の南相馬市のほうまで足を伸ばす必要があるようです。
まだ住める場所も限られているのだそうですが、駅前開発や「福島国際研究教育機構」の設立などによって、今後どんどん居住できる場所が増えてきそうですね!
浪江町での仕事の見つけ方
移住後に浪江町で仕事を見つけたい場合は、役場に足を運ぶか、もしくは移住者が立ち上げた「なみとも」というコミュニティを活用するのがおすすめです。
浪江町は全体的に人手不足の傾向にあるため、積極的に地元の方や移住者とつながりを持つと、仕事を紹介してもらえる場合があるそうです。
浪江町移住後にコミュニティに溶け込む方法
浪江町移住後に地域に溶け込めるか不安を感じる方は、まずイベントに参加してみるのがおすすめです。
先ほどの「なみとも」や浪江町の公式うけどんTwitterなどの発信をチェックすると、イベント情報を入手できます。
イベントに参加すると地域の方や移住者とのつながりができるので、コミュニティに溶け込みやすくなりますね。
もしくは、浪江町行政区区長会 会長の「佐藤秀三(さとうひでぞう)」さんのもとを訪れて相談してみると、地域の方とつなげてもらえるそうです。
【Uターン者の生の声】及川里美さんに聞く浪江町の魅力
ここからは、浪江町にUターンした及川里美さん自身のお話をお伺いしました。
浪江町にUターンした理由・きっかけ
及川さん:
もともと地元が大好きで、浪江町に戻るつもりで高校卒業後は仙台の専門学校に行ったんです。ですが、その最中に震災に遭って地元に戻れなくなってしまいました。仙台の病院に就職して、病院で働いているときに旦那と出会って結婚しました。
結婚後は少しの間仙台で暮らしていたんですが、陸前高田市出身の旦那が地元に帰りたいって言うのでついて行ったんです。陸前高田市で温泉宿の仕事をしているときに、浪江町の避難指示が解除されたっていうニュースを見たんですよ。
普通、原発事故を受けたところって事故後30年は帰れないと聞いていたので、嬉しい反面こんなに早く解除されて大丈夫なのかな?とザワザワしました。
それからいろいろと浪江町のことを調べたら、「浪江で働きたい人いますか?」という記事を見つけたんです。
応募はしてみたのですが、その会社が求めている人材ではありませんでした。しかし、地元出身だってことで「やれること一緒にやりましょう」と誘ってもらえたんです。仕事では、浪江町のイベント情報などを取材して、記事を作成していました。
仕事を通してまちの人とも仲良くなって、そうしているうちに役場の人から「浪江に戻って働きませんか」って言われたんです。「やってみようかな」と思い、2019年の3月に戻ってきました。
浪江町にUターンすることを決めるまでの葛藤
及川さん:
旦那の地元である陸前高田市には旦那の両親もいて、私が浪江町に行きたいって言って行くのも、ご両親の期待を裏切るかもしれないち申し訳なく思いました。
1回地元を離れた息子が嫁さんを連れて帰ってきたってことは、「ずっと陸前高田市にいるんだろうな」と、周りに期待させてしまっている部分があるから。
あとは、浪江で働いたとしてもうまくいくのかなとか、放射能の問題とかいろんな不安がありましたね。
最初旦那には反対されたのですが、「とりあえず1年だけ働かせてくださいと」説明して納得してもらって単身で浪江に来たって感じです。
旦那がこっちに来るまでは1年間別居生活を送っていましたが、現在は旦那と一緒に浪江町で暮らしています。
浪江町に単身でUターンすると決めた決意の裏側
及川さん:
仙台に住んでいたときに地元のことが気になるから、ネットでいろんな浪江町の情報を調べていたんですよ。
そしたら、出てくる情報が「原発被災地」とか「終わった町」「もう帰れない町」とかバカにされている感じで嫌になって、地元のことを調べなくなっちゃったんですよ。
地元から距離を置いた状態で陸前高田市に移住したんですけど、そこで「桜ライン311」っていう団体さんに出会いました。津波が到達した地点に桜を植えて、もしまた大地震が起きたときに桜よりも高いところに逃げれば津波被害は免れるって、「この先何年経ってもわかるようにしよう」「津波の恐ろしさを後世に伝えよう」という活動をしているんです。
その人たちの話を聞いたら、地元への思いがものすごく熱い人たちで、すごいなと思ったし私は何をしてんだろうと思いました。
それまでは地元と距離を置いて、できるだけ地元と関わらないように暮らしていたけれど、私もちゃんと向き合わないとダメだなと思いました。
浪江町にUターンしてきて驚いたこと
及川さん:
震災前に見た景色がそのまま残っていたことですかね。
私が戻ってきたとき(2019年3月)は、まだ町中の解体が進んでいなくて、震災前に見た景色がそのまま残っていたんです。
Uターンしてこの4年で、町内の老朽化した建物がほとんど解体されて、まちの様子はだいぶ変わりましたね。
浪江町Uターン後に新しく始めたこと
cotohanaは、子どもと一緒に遊べる遊び場を集約したり実際浜通りで子育てしている人たちをインタビューして記事にしたりしている団体です。子どもたちと子育て世帯を応援する・応援し合うコミュニティづくりに取り組んでいます。
浜通りの被災地では、ママさんとか子育てしている世代がどういうふうに子育てすればいいのか、わかりにくい部分があるんですよ。それを解消するためにこの団体があります。
あとは、浪江町のイメージソングを歌う活動もしています。
町の教育委員会のある方が、浪江町をテーマにした曲をみんなで作って、ダンスを覚えて踊ったら楽しいじゃん!と考えて始まったプロジェクトなんですよ。
イベントに呼ばれたときや、町の建物がオープンするときのオープンセレモニーとかで披露しています。子どもたちもたくさん来てくれるので、オープニングが華やかになるんです。
浪江町オリジナルソング「いくどはぁ★なみぃ」は以下から聞けます♪
将来のビジョン
浪江町がみんなに羨ましいと思われるまちに
及川さん:
現在、私は情報発信の仕事をしているので、もっと活発にまちのことを発信して、浪江町のマイナスイメージを減らしたいと思っています。
将来的には福島県浪江町って聞いたときに「あれで有名なところだよね」とか「浪江町いいよね」みたいな、いろんな人に羨ましいと思われるような活動をしたいです。
あとは、浪江町に興味を持った人に、TwitterやYouTubeなどのSNSを通してまちの様子やいいところがちゃんと伝わるようにしたいと思っています。
フラワーガーデンをオープンさせたい
及川さん:
将来的にはフラワーガーデンをやりたいんですよ。少し大きめの土地を買ってお花をいっぱい植えて。
私はよく両親といろんなフラワーガーデンに行きますけど、そういう有名なところがあれば、町外に避難されて帰って来れない町民さんとかも遊びに来てくれるんじゃないかと思っています。帰ってくるきっかけを作りたいです。
及川里美さんから移住したい方へのアドバイス・メッセージ
及川さん:
多分写真とか動画とか、文字だけでは伝わらないものが多いので、試しに1回来てみてください。1日でもいいから、日帰りでもいいのでっていうのが1番のアドバイスですね。
原発事故とかいろいろあったとこだから、「フラットな気分で観光気分で行ってもいいのかがわからない」って結構言われます。
けど、フラットな気分でいいんですよ。観光する気分で来てもらえれば。
【おまけ】筆者が実際に浪江町を訪れて感じたこと
私は、今回浪江町を訪れる際に、「どうまちの人と接したらいいのだろう」「観光気分で気軽に行ってもいいのか」といろんなことを考えて、少し緊張していました。
しかし、実際に足を運んでみると、考え方が大きく変わりました。
まちの人はみなさんポジティブな気持ちで前に進んでおり、よくメディアで見る「被災地」や「原発事故」などの震災に関係する部分を切り取った情報は、表面的なものにすぎなかったと。
情報を発信する身としては、震災によって被害が発生したという事実は事実として受け止めたうえで、悲惨さを伝えるのではなく、前向きにがんばっている人に焦点を当てていきたいと思いました。
これからの進化が楽しみな浪江町。現在のまちの姿は今しか見ることができないので、ぜひこの機会に足を運んでみてくださいね。
浪江町を訪れる際は、ぜひこちらのモデルコースを参考にしてみてください。
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